2012年6月26日火曜日

第13回勉強会(2012年6月24日)報告

江上敏哲『本棚の中のニッポン:海外の日本図書館と日本研究』(笠間書院、2012)合評会
日時:2012624日(日) 14:00-17:00
会場:シェアハウス鍵屋荘(京都市下京区)
発表者:岡部晋典氏(近大姫路大学)・梶谷春佳氏(京都大学附属図書館)※五十音順
出席者:22

会場風景

今回は関西文脈の会メンバーである江上敏哲氏の『本棚の中のニッポン』出版を記念し、参加者による合評会を行った。
当日のtwitterによるつぶやきをまとめたまとめはこちらを参照
著者による本書紹介についてはこちらを参照
版元による紹介ページはこちらを参照

まず、梶谷氏から、現在従事されている参考調査業務と絡めて本書の評価を述べていただいた。梶谷氏は、欧米のサブジェクトライブラリアンの生の声が聞けるというのが、本書を読んでまず印象に残った点だとしつつ、本書が絶えず問題にしている、日本資料のデジタル化の遅れについて、それが何故上手くいかないのか、課題はどこにあるのかについて、はっきりとした回答を著者は本文中で述べていないのではないか、という疑問も提示された。また、有料でもいいから資料情報が欲しいという海外のニーズに積極的に応えていくためには、PORTAやリサーチ・ナビのような大きなものからは零れてしまう情報を、まとめて発信していくことがレファレンスライブラリアンのこれからの仕事の一つとして考えられるのではないかという点が指摘された。また、英語について苦手意識を感じる職員でも、サービスを継続的に行っていくために、たんに語学に堪能な人が担当になったときに一挙に英語版ページを作るというのではなく、引き継いでいける仕組みを構築していくことも重要だと述べられた。
次いで岡部氏からは、「本棚ノ中ニ居リマス―本棚の中のニッポンをどう読んだか」と題し、本書の不足部分、気付かされた点、本書が求める「援軍」についてどういうことができるかについて、研究者・司書課程講師の視点から読み解いて発表をいただいた。まず不足部分として、優れた事例ばかりが取り上げられ過ぎているため、逆により小さな規模で奮闘している普通の規模の図書館が委縮してしまう危険はないかという点、クールジャパンについての紹介をもっと取り上げてほしいという点について要望が出された。また、本書の耐用年数はどのくらいを想定しているのかという疑問も出された。そのほか、日本語で書かれた自然科学系論文(たとえば稲作の研究など)の扱い、ナショナリズムと図書館の関係にどう意識的に向き合うのか、という論点も提示された。逆に、本書の長所として、海外で求められる情報は、論文抄録レベルの英文化だけでも十分に意義があることが示されたこと、平易な叙述であり、ILLなど、実務の話について司書課程講義でそのまま読み上げても学生に理解されるだろうこと、美しいあとがき、が指摘された。
休憩を挟んで江上氏から、発表者の二人は、若手の実務家・研究者として、それぞれ一番伝えたい想定読者の代表であったと感謝が述べられた。また発表者から出された質問につき回答があった。デジタル化がうまく日本で進まない理由について、それが知りたくて本書を書いた、書いた後いろいろなリプライをもらって深めていきたい。クールジャパンについてのより詳細な記述は私には難しかったと応答。本書がはらむナショナリズム的な要素については、現地のライブラリアンの代弁しようとした面もあったと述べられた。
その他参加者から出された主な質疑応答は以下の通り。
  • 日本の図書館員は国際会議に出るべきという主張について→研修のあり方が問われる。日本から研修に行くと、日本人は自分が調べたいことばかり調べて帰ってしまい、日本から提示するものがないという点への不満を、決して言葉には出さないが現地のライブラリアンの取材を通じて肌で感じた。
  • 本書を図書館のさらに外に向けて開いていくための戦略は?→まさに今からの課題。書評依頼は考えているが、ほかにもアイデアをいただきたい。
  • 日本資料の範囲が、1930年と2008年、あるいは1972年以前の沖縄が入るかどうか、違いが出てきて、一概にいえないのでは?→この点はあまり自覚的でなかったかもしれない。「日本」の範囲は問題がないとはいえないが、執筆時はむしろ、向こうの図書館で言うと、日本は「東アジア」部門で括られているということが念頭にあった。
  • 海外ILLの仕組みについて、工夫すべき点は?→語学が不得手でも、資料が特定できればその次に進めるので、ISBNその他ユニークなIDを探して使えるようにする利用者教育とインターフェースの開発が必要。抄録英文化の話が出たが、「登山口の整備」として私がいいたかったのはむしろそれ以前の、英文タイトル記述等、そういったところからまずはじめてもらいたいと考えている。
  • 日本資料の集積について、和田敦彦先生の一連の研究と繋がる部分もあると思うのだが、和田先生の研究に対して本書のセールスポイントはどのあたりと考えるか?→和田先生のファンなので言いにくいが…重視したのは①実務者の視点で書くということ、②和田先生が歴史的な部分をフォローされているので、「現在」の話に力点を置くこと、③図書館をtoolとしてどう使えるか、上手く使ってもらいたいという思いから書いた。
  • 「近代デジタルライブラリー」が高く評価されているが、日本資料のデジタル化という場合、近デジのような古いものばかりでよいのか、現在のもののデジタル化について、海外日本図書館の反応はあるのか→考え方によるが、手に入る本はデジタル化していなくてもよい。むしろ絶版で日本に来ないと見られないようなものをデジタル化してほしいという意見はある。

その他、「ニッポン」の紹介の着地点をどこに見出していくか。政策的な議論に組み込んでいくための話題提供が可能かどうか。国民国家とナショナリズムの話が出されたが、その枠組みの変化のなかで問われているのは、「ニッポン」だけでなく、それを収めておく「図書館」自体の価値も問われるところに来ているのではないかといった意見も出された。
最後は江上氏から、本書で扱えなかったテーマ・地域については、すぐ続編とはいかないかもしれないが、無理せずライフワークとして引き続き追いかけていくつもりであると抱負が述べられ、盛会の内に終了した。
終了後は、江上氏がこよなく愛するギネスのあるところで、懇親会が催された。